特養には常駐の医師がいない場合が多く、入所者の診察は定期的な往診で対応し、日々の健康管理は看護師が担っています。
医療処置が必要な入所者には医療行為を行いますが、実際に行っている医療行為の内容はそれぞれの特養の受入れ基準や方針によって異なります。
看護師が行う医療行為は法律で定められているので、それを遵守すれば特養でも医療行為を行うことは可能です。
けれども看護師の人数が少なく、配置医が対応可能な時間が限られるなど、医療体制が不十分な特養では受入れ可能な入所者や医療行為は限られるでしょう。
病院では「なにか起きてもすぐに医師に報告して指示がもらえる」という安心感がありますが、特養では「なにか起きてもすぐに医師は来てくれない」ため、看護師が医療的な判断を行う場面が多くあります。
医師がいないことは看護師が特養で働くことの大きなハードルになっていることは間違いありません
しかし特養で医療行為を行っているのは医師と看護師だけではなく、研修を受けた介護福祉士であれば本来は医療行為である喀痰吸引と経管栄養の実施ができるようになっており、看護師の心強いサポーターになってくれます。
この記事では特養で行われている医療処置について、私の勤務先の特養の情報も交えながらお伝えします。
医療行為とは
医療行為(医行為)は医師法において「医師の医学的判断をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」とされています。
また保健師助産師看護師法(保助看法)第37条では、以下のように医師らの指示の基であれば、看護師が一定の医療行為を行うことを認めています。
保健師、助産師、看護師又は准看護師は、主治の医師又は歯科医師の指示があつた場合を除くほか、診療機械を使用し、医薬品を授与し、医薬品について指示をしその他医師又は歯科医師が行うのでなければ衛生上危害を生ずるおそれのある行為をしてはならない
つまり医師や歯科医でなければ患者の身体に危害が生ずる可能性がある行為は行えませんが、医師や歯科医師の指示があれば看護師が行える医療行為は多岐にわたるといえます。
医行為(医療行為):医師法第17条
医師法第17条で「医師でなければ、医業をなしてはならない。」とされ、医行為を業として行えるのは医師のみで、医師の独占業務とされています。
しかし平成15年に政府見解では以下とされました。
厚生労働省としては、ある行為が医師が常に自ら行わなければならない「絶対医行為」に該当するか否かについては、当該行為が単純な補助的行為の範囲を超えているか否か及び医師が常に自ら行わなければならないほどに高度に危険な行為であるか否かに応じて判断する必要があると考えており、(以下略)
引用元:厚生労働省 医行為及び診療の補助についての法令上の考え方
これは次に説明する保健師助産師看護師法(保助看法)の「診療の補助」に関連します
診療の補助:保健師助産師看護師法37条
看護師の業務は「保健師助産師看護師法(保助看法)」に定められており、大きくは「療養上の世話」と「診療の補助」の2つに分けられます。
- 診療の補助
「医師が行う医療処置のサポート」や「医師の指示に基づき行う医療行為」のことです
例として、注射や点滴、薬剤の投与、カテーテル類の挿入・管理、医療機器の管理、検体(血液・尿・痰など)の採取、創傷処置などがあります
問診を行う、バイタルサインや症状を確認し、医師に報告することも含まれます - 療養上の世話
患者さんの療養生活を介助することで、制限なく看護師の判断で行うことができます
例として環境整備や食事・排泄・清潔介助、体位変換、などがあります
看護師業務の「診療の補助」において、看護師は医師指示の基づき一定の医療行為を行うことができるのです。
特養で看護師が対応可能な医療行為
結論からいうと、特養で対応できる医療行為について明確な基準はありません。
理由はそれぞれの特養によって受入れ基準が異なるためです。
同じ医療行為でも、特養Aでは対応可能、特養Bでは対応不可、ということが往々にしてあり、すべての特養が同じ医療行為に対応できるわけではありません。
医療依存度が高い方でも受け入れ可能な施設は、看護師の人数が配置基準より多い、24時間看護師がいる(看護師が夜勤に入る)、病院に併設しており緊急時にはすぐに対応可能など、介護施設であっても医療体制を強化している場合がほとんどです。
医療体制が整っていれば、配置医の指示の基で看護師は多くの医療行為を行うことができます
特養で行われている医療行為
医療処置を要する入所者の入所者総数に占める割合は15.8%であり、医療処置別の入所者総数に占める割合は以下のようになります。
- 尿道カテーテルの管理(4.6%)
- 痰の吸引(4.3%)
- 胃ろう・腸ろうの管理(4.1%)
- 褥瘡処置(2.8%)
- 酸素療法(1.3%)
- インスリン注射(1.2%)
- 経鼻経管栄養の管理(1.1%)
- 膀胱瘻、ストーマの管理(0.8%)
- 抹消静脈からの点滴(0.6%)
- 透析(0.2%)
- 疼痛の管理(0.1%)
もちろん、これら以外の医療処置を要する入所者もいます。
医療処置についての提供方針は、施設ごとにばらつきがあるのが現状です
医療処置別の入所者の受入れ方針として「摘便、浣腸、褥瘡・創傷処置、膀胱留置カテーテル管理、血糖測定、ストマ管理、導尿、ネブライザー管理、インスリン注射」については5割以上の施設が「入居は断らない」としています。
一方で「気管切開の管理、医療用麻薬の管理、医療用麻薬の点滴、中心静脈カテーテル管理、レスピレータ管理」については7割以上の施設が「入居は断り、入居者に必要になった際には退所となる」と回答しています。
これらの医療処置は専門的な知識と経験に加えて継続的な管理が必要なので、看護師の24時間の配置義務がない特養ではかなり難しいでしょう。
しかし本来は対応可能な医療処置であっても、医療処置が必要な入所者数が増え過ぎると対応が困難になり入所を断られる場合があります。
「対応可能」と「受入れ可能」は同じとはいえず、そのときの施設の状況によって変わる場合があります
参考:厚生労働省 社会保障審議会 介護給付費分科会(第221回)
看護師が対応できる医療行為
看護師が行える医療行為は医師法や保助看法で定められていることを遵守すれば、病院でも特養であっても変わりません。
つまり法律に則り、医師の指示の基づき、その特養で提供できる医療行為であれば、看護師はその医療行為を行うことができるのです。
しかし特養は医療施設ではないので医療設備が整備されておらず、医師が常駐していることも稀なので、実際に看護師が行う医療行為は制限されます。
入所時には対応できる医療行為であった入所者でも、高度な医療管理が必要になれば入院になる場合があります
特養に就職を考えるときには、その特養がどのような医療行為を行っているのかは重要なポイントになるので、事前に確認することをおすすめします。
確認方法は転職エージェントを利用したり、介護施設を紹介したサイトのケアスル介護では受け入れ可能な疾患や医療ケアが掲載されているので参考になりますよ。
介護福祉士が実施できる医療行為
病院では看護師が行っている業務を特養では介護士も行うことが多くあります。
それらの業務のなかでも、喀痰吸痰や経管栄養は研修を受けた介護福祉士のみが行える医療行為になります。
介護現場で実施されることが多い「医療行為ではないと考えられる行為」について、介護職員がそれらの行為を安心して行い、また医療に関する免許をもたない職員が行うことの適否の判断指標として、以下が通達されました。
医師法第17条、歯科医師法第17条及び保健師助産師看護師法第31条の解釈について(通知)
(平成17年7月26日)
医師法第 17 条、歯科医師法第 17 条及び保健師助産師看護師法第 31 条の解釈について(その2)
(令和4年12月1日)
行為の実施にあたっては患者の状態をふまえ、医師、歯科医師又は看護職員と連携することや、必要に応じてマニュアルの作成や医療従事者による研修を行うことなどが推奨されています。
医療行為の対象とされていない行為
原則、医療行為でないとされている行為は以下になります。
【平成17年の通達】
- 体温測定
- 自動血圧測定器による血圧測定
- パルスオキシメーターの装着
- 軽微な切り傷、擦り傷、やけど等の専門的な判断や技術を必要としない処置
- 皮膚への軟膏の塗布(褥瘡の処置を除く)、湿布の貼付、点眼薬の点眼、一包化された内用薬の内服、肛門からの坐薬挿入又は鼻腔粘膜への薬剤噴霧を介助
【令和4年の通達】
- インスリン注射の実施の声かけ、見守り、未使用の注射器等の患者への手渡し、使い終わった注射器の片付け(注射器の針を抜き、処分する行為を除く)
血糖値が医師から指示されたインスリン注射を実施する血糖値の範囲と合致しているかを確認
インスリン注射器の目盛りが、医師から指示されたインスリンの単位数と合っているかを読み取る - 患者の身体に留置されている経鼻胃管栄養チューブを留めているテープが外れた場合や、汚染した場合に、あらかじめ明示された貼付位置に再度貼付する
- 経管栄養の準備(栄養等を注入する行為を除く)及び片付け(栄養等の注入を停止する行為を除く)
- 吸引器に溜まった汚水の廃棄や吸引器に入れる水の補充、吸引チューブ内を洗浄する目的で使用する水の補充
- 医師から指示された酸素流量の設定、酸素マスクや経鼻カニューレの装着等の準備や、酸素離脱後の片付け
ただし、酸素吸入の開始や停止は医師、看護職員又は患者本人が行う - 在宅酸素療法の実施にあたり、酸素供給装置の加湿瓶の蒸留水を交換する、機器の拭き取りを行う等の機械の使用に係る環境の整備
- 在宅人工呼吸器を使用している患者の体位変換を行う場合に、医師又は看護職員の立会いの下で、人工呼吸器の位置の変更
- 膀胱留置カテーテルの蓄尿バックからの尿廃棄
- 膀胱留置カテーテルの蓄尿バックの尿量及び尿の色の確認
- 膀胱留置カテーテル等に接続されているチューブを留めているテープが外れた場合に、あらかじめ明示された貼付位置に再度貼付する
- 膀胱留置カテーテルを挿入している患者の陰部洗浄
- 水虫や爪白癬にり患した爪への軟膏又は外用液の塗布、吸入薬の吸入及び分包された液剤の内服を介助
- パルスオキシメーターを装着し、動脈血酸素飽和度を確認
- 半自動血圧測定器を用いて血圧測定
- 食事(とろみ食を含む)の介助
- 有床義歯(入れ歯)の着脱及び洗浄
各通達には、それぞれの行為についての詳細や注釈が記載されています。
医療行為なのかあいまいだった行為が明確にされると安心できますね
研修を受けた介護福祉士が行える医療行為
- 喀痰吸引(口腔内、鼻腔内、気管カニューレ内部)
- 経管栄養(胃ろう、腸ろう、経鼻)
社会福祉士法及び介護福祉士法に定められた「喀痰吸引等研修」を修了し「認定特定行為業務従事者」として認定を受けている場合、医師の指示や看護師との連携のもと、医療行為である喀痰吸引と経管栄養に対応できます。
特養では看護師の人数が少ないため、医療行為が行える介護福祉士の存在は本当に心強いです
しかし任せきりにならず、医療職の視点からの観察やサポートは必要です。
配置医とは施設のかかりつけ医
特養には配置医とよばれる医師がおり、施設医と混同されやすいですが、それぞれの役割は異なります。
- 配置医
定期的に介護施設に出向いて往診し、入所者の健康状態の確認や必要に応じて治療を行う - 施設医
介護施設に常駐しており、入所者の健康管理や緊急時の対応などを行う
配置医は施設の「かかりつけ医」の役割を担い、健康管理にあたっています。
特養に常駐する医師はいない場合が多く、週1回程度の往診で対応している施設が一般的です。
配置医の役割
特養の配置医が実際に果たしている役割は「診察・診療」が最も多く93.0%、次いで「処方」が90.5%となっています。
他にも「主治医意見書の作成」「検査結果や病状に応じた職員への指示」「病状の変化などに備えた包括的な指示」「本人・家族への説明」などが80%以上あります。
また配置医が負担に感じている役割は「急変対応」が最も多く29.4%、次いで「急性疾患の診察」が17.6%でした。
配置医の勤務先
特養の配置医の主な勤務先は「当該特養」が17.4%「当該特養以外」が79.7%で、8割近くが主な勤務先が特養以外になっています。
主な勤務先が特養以外の場合の勤務先は「その他の診療所」が最も多く35.6%、次いで「その他の病院」が23.8%でした。
基本的に往診のとき以外は医師が不在という状況になります
配置医がいないときの急変対応
配置医が施設にいない時間帯に生じた急変などの対応方法は「平日・日中」と「平日・日中以外」のどちらも「配置医によるオンコール対応」がそれぞれ63.2%と38.2%で最も多く、「原則、救急搬送」が「平日・日中」と「平日・日中以外」のどちらも26.0%、30.0%と続いています。
オンコール対応をとっていても施設外にいる配置医が対応できることは限られ、すぐに連絡がつかないこともあります。
配置医の指示を待つか、救急搬送を優先するか、看護師にはその判断が委ねられることが多くあるでしょう
参考:厚生労働省 社会保障審議会 介護給付費分科会(第221回)
特養の配置基準
施設長 | 原則専従で常勤1名 社会福祉主事、福祉経験2年以上などが要件 |
医師 | 入居者に対して健康管理や療養上の指導を行うために必要な数 |
介護職員又は看護職員 | 原則専従 入居者3名に対して常勤換算1名以上 |
生活相談員 | 入居者100名に対して常勤1名 |
栄養士 | 1名以上 |
機能訓練指導員 | 1名以上 当該特養の他職種との兼務が可能 |
介護支援専門員 | 入居者100名に対して1名 原則専従 当該特養他職種との兼務が可能 |
看護師は原則専従で、入居者が30人以下の施設では1人以上、31〜50人では2人以上、51~130人では3人以上が常勤換算で必要とされています。
看護師の勤務状況
看護師が必ず勤務している時間数は「9~10時間未満」が50.9%で、平均は9.9時間になります。また「24時間」勤務している施設は1.4%です。
夜間の看護体制は「通常、施設の看護職員がオンコールで対応」が87.6%と大半となります。
「訪問看護ステーション、医療機関と連携してオンコール体制をとっている」が3.0%「夜勤・当直の看護職員はおらず、オンコール対応もしていない」は4.4%で、かなり少数になります。
医療依存度の高い入所者がいると、オンコール対応の頻度が増える傾向があります
看護師の人数
実人員(常勤・非常勤合計)は「4~6人未満」が33.1%で最も多く平均5.0人です。
常勤の看護職員数(実人員)は「4~6人未満」が最も多く31.6%で平均は4.2人になっています。
非常勤看護師は勤務時間が短く、オンコール対応は免除などの条件で働いていることが多いため、常勤看護師に責任業務が偏りがちです。
参考:厚生労働省 社会保障審議会 介護給付費分科会(第221回)
私が勤める特養について
私が勤務している特養について紹介します。
・看護師:常勤3人 非常勤3人
・早出、日勤、遅出の3パターン勤務 月~土曜日は3~4人、日曜日は2人勤務
・オンコール体制なし
・看取りは行わない
・配置医は個人病院の医師で、月2回の訪問診療あり
・認定特定行為業務従事者の介護福祉士 14人
医療行為として、血糖測定、インスリン注射、褥瘡・創傷の処置、膀胱留置カテーテル、胃ろうの管理、喀痰吸引が必要な入所者は常にいます。
ほとんどの介護福祉士が認定特定行為業務従事者なので喀痰吸引と経管栄養を行えますが、看護師が勤務している時間帯の医療行為は基本的には看護師が行っています。
でも緊急の受診介助などで看護師が対応できないときには、代わりに行ってくれるので本当に助けられています。
また医療依存度の高い入所者は受け入れない方針をとっており、看取りも行っていません。
配置医の勤務先が遠方の病院で、緊急時の対応ができないことが理由のひとつですが、受け入れ体制を整えるのが難しいことがいちばんの理由です。
医療依存度が高く医療行為が多い入所者の受け入れには、職員の教育や人材・設備を整えるなどの準備が必要ですが、慢性的な人手不足が続いており、これ以上は業務を増やせない状態です。
オンコール体制をとっていないので、入所者に少しでも変化があれば早めの受診をすすめるなど先回りの対応を徹底していていますが、高齢者の転倒による骨折や誤嚥性肺炎などを完全に防ぐことは難しく、月に2~3名は救急搬送や入院になる方がいます。
多忙な業務の中で職員は必死に入所者の安全安楽な生活を守っています
まとめ
施設が医療依存度の高い入所者でも受け入れる方針であれば、当然行う医療行為の内容は多くなります。
看護師が行う医療行為は、働く場所によって求められる内容は異なりますが、医師の指示に基づいて行うという原則は変わりません。
でも常に医師や看護師がいて医療設備が整っている病院と、医療職は自分しかいない時間帯もある特養では、同じ医療行為を行うにしても精神的な負担は全然違います。
「特養で働きたいけど、医療行為に対応できるか不安…」という方は基本的な情報収集はもちろんですが、医療行為についての基準や方針を施設に確認してください。
不安や心配なことがある場合は、きちんと解決してから次に進みましょう!
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